予定日のおよそ1週間前、妻が急遽入院することになりました。医師からはHELLP症候群の疑いがあると伝えられ、母子ともに緊張感のある状況での出産でした。妻の症状について詳しいことは、別記事にまとめています。

この記事で書きたいのは、妻が入院していた5日間、2歳の娘(のーちゃん)と私(パパ)が過ごした時間のことです。
ママが急にいなくなった現実に、のーちゃんは想像していた以上に動揺しました。寝てくれない夜、保育園で泣き叫んだ朝、そして「パパ怒らないで!」と言われた日。これから第二子出産を控えるパパ・ママにも、いま上の子の感情の揺れに戸惑っている方にも、何か参考になれば嬉しいです。
少し長くなりますが、忘れたくない記憶として残しておきたいので、最後まで読んでもらえると嬉しいです。
妻の急な入院、2歳の娘に伝えられなかったこと
予定日1週間前、タクシーの中で伝えた一言
妻の入院が決まったのは予定日のおよそ1週間前。HELLP症候群の疑いと診断され、その日のうちに入院の手配が進みました。
正直、のーちゃんにきちんと話す時間はありませんでした。のーちゃんを妻の実家(ばーば宅)に預けるためタクシーに乗り、その車内で一言だけ伝えました。「ままとあーたん(下の子の胎児ネーム)はおいしゃしゃま行くんだよー」と。
のーちゃんは「ばーばの家に行ける」ことが嬉しかったようで、ニコニコしていました。でもこのとき、ママがしばらく帰ってこないという現実は、まだ理解できていなかったと思います。
初日の夜、午前1時まで寝なかった娘
私はのーちゃんをばーば宅に預けた後、車を借りて妻を病院まで連れて行きました。病院での手続きや妻の容態確認で時間がかかり、ばーば宅に戻れたのは夜中になってからでした。
その間、のーちゃんはばーば・じーじと過ごしていました。ばーばが「一緒に寝ようね」と声をかけた瞬間、「ばーばとねんねしないの」と泣き始めてしまったそうです。
そのまま午前1時、私が病院から戻ってくるまで、一切寝なかったと聞きました。
私が玄関に着くと、のーちゃんが駆け寄ってきて「ママは?」と聞きました。改めて「おいしゃしゃまのところでお泊りなんだよ」と伝えました。その瞬間、「ママが帰ってこない」という現実を理解した表情になったのです。
時間も遅かったのでそのまま妻の実家で寝ようとしたのですが、ショックと眠さが重なったのか、のーちゃんは「おうちかえるのー!」と泣いて、寝室にも入ってくれません。
できるだけたくさん話しかけて、抱きしめて、ようやく寝てくれたのは深夜2時近くだったと思います。
翌日は仕事に行かなければなりません。のーちゃんが寝た後、自宅まで一人で車を走らせ、仕事の準備と妻の入院グッズを取りに戻りました。深夜の道を一人で運転していた時間が、なぜか今になって「いい時間だった」と思えます。
たぶん、誰にも気を遣わなくていい時間が必要だったんだと思います。
仕事と育児と妻の心配、二重の不安の中で
2日目は保育園を休ませた、3日目からは登園しても毎朝激しいイヤイヤ
翌日は仕事に行かなければなりません。でも、深夜2時近くまで寝なかったのーちゃんを保育園に連れて行くのは難しいと判断しました。妻のお父さんお母さん(じーじ・ばーば)に頼んで、2日目は保育園を休ませてもらいました。
それでも、私は仕事に行かなければなりません。出勤前、添い寝をばーばと交代して家を出ました。本当はのーちゃんが起きる前に出たかったのですが、6時過ぎにはすぐ目を覚ましてしまったそうです。「ぱぱがいないー」と泣いたと、後でばーばから聞きました。
しばらくすると落ち着いて、日中はばーば宅で楽しく過ごせていたようです。ただ、やっぱり眠そうではあったとのこと。
そして、夜寝る直前になると、また「ママがいないー」と泣き始めたそうです。朝・昼は持ちこたえても、寝るタイミングでママの不在を思い出してしまう。1日の中でも、感情の波がはっきりあったのだと思います。
3日目以降は通常通り保育園に通うことにしました。でも、預ける時の様子は普段と全く違いました。
「ままがいないー」「ぱぱだっこー」と、これまで見たことがないくらい激しく泣きました。先生に引き渡すのも一苦労で、後ろ髪を引かれる思いで職場に向かいました。
これは妻が退院するまでの数日間、毎朝続きました。
このとき娘が見せていた行動は、「赤ちゃん返り」と「分離不安」のどちらだったのか。当時は区別がついていませんでしたが、後から整理すると見分けるポイントがありました。

正直に書いておきます。保育園は休ませた日もあったけれど、私自身が有給を取って、のーちゃんの側にいてあげる日を作ればよかった——これが今の率直な気持ちです。
「保育園に預けない」ことと「パパが一緒にいる」ことは、別物です。ばーば宅に預けるだけでは、のーちゃんが本当に欲しかった「パパと過ごす時間」は埋まらなかった。
仕事の事情で休めない日もあると思います。でもこれから第二子出産を控えるパパには、「入院期間中に1日でも、自分が休みを取って上の子と過ごす日を作る」ことを強くおすすめしたいです。
子どもがママと離れる不安を抱える時期は、慣らし保育の時にも経験していました。あの時と今回、感じたことや乗り越え方には共通点が多かったように思います。

仕事中も妻と娘、二重の心配
仕事中はばーば・じーじから写真や動画がLINEで届きました。妻の実家で楽しそうにしているのーちゃんの姿に、少しほっとできました。
それ以上に気がかりだったのは、妻の容態です。いつ緊急帝王切開になるかわからない状況だと聞いていたので、仕事中も意識の片隅に常に妻のことがありました。
帝王切開当日と、夜の「もしもししてるのー?」
入院2日目の昼、緊急帝王切開が行われることになりました。私は仕事を切り上げて、職場から直接病院に向かいました(のーちゃんに会ってしまうと「ぱぱがいい!」となってしまうので、一旦ばーば宅には寄らずに病院へ)。
母子ともに健康に、あーたんが生まれてきてくれました。一通り終わってばーば宅にのーちゃんを迎えに行ったとき、「ぱぱー!」と駆け寄ってきてくれました。不安だっただろうに、よく頑張ってくれていたと思います。
その夜、自宅に戻って二人で寝ようとしたときのこと。ふと思い出したかのように、のーちゃんが「ままがいないー」と泣き始めました。
私は「ままはあーたんとおいしゃしゃまでお泊りだよー」と伝えました。すると、のーちゃんはこう聞いてきました。
「もしもししてるのー?」
最初は「電話してるの?」という意味かと思いました。でも今振り返ると、たぶんこれは、妊婦健診で見たエコー検査のことを言っていたのだと思います。
ママのお腹の中のあーたんを見るために、妊婦健診に何度か一緒に連れて行っていました。お腹に当てるエコープローブを「もしもし」と表現していたんです。
つまりのーちゃんは、「ママは病院で、あーたんと一緒にお医者さんの検査を受けているの?」と聞いてくれていたのかもしれません。
2歳なりに、これまでの体験を組み合わせて状況を理解しようとしていた。その姿が、切なくて愛おしくて、胸が詰まりました。
何とか落ち着いて、二人でくっついて寝ました。眠っている間も、のーちゃんは必ず体のどこか(足の裏とか)をパパにくっつけていました。
少しでも私が片付けをしようと起きようとすると、すぐに目を覚まして「ぱぱ?」と呼びました。眠りもかなり浅かったんだと思います。
「パパ怒らないで!」と言われた日
余裕がなかった私が、娘に怒ってばかりだった
ママがいない分、自分が頑張らないと、と気負っていました。早く寝かせなきゃ、早くご飯食べさせなきゃ、早くお風呂入れなきゃ。とにかく自分に余裕がなかった。
その余裕のなさは、のーちゃんへの接し方にそのまま出ました。
遊んでいるおもちゃを途中で取り上げてしまったり、テレビを急に消して「まだみるのー!」とわがまま炸裂されたり。私のイライラが伝わっていたんだと思います。
普段の私を知っている人からは「温厚で怒らない人」と言われることが多いです。でもこのときの私は、たぶん怒ってばっかりでした。
2歳児のイヤイヤや「まだみたいー!」への向き合い方は、普段から妻と話し合ってきたつもりでした。それでも、自分に余裕がなくなるとできなくなってしまう。実践って難しいです。

「パパ怒らないで!」とハッとした瞬間
ある日、また私がイライラしていたとき、のーちゃんがこう言いました。
「パパ怒らないで!」
その一言で、ハッとしました。すぐに抱きしめて「ごめんね、怒ってばっかりでごめんね」と何度も伝えました。
たった2歳の娘が、こんなに辛い思いをしながらも、自分の気持ちを言葉で伝えてくれた。それなのに私は、自分の余裕のなさを娘にぶつけてしまっていた。
このときの自分の情けなさは、今でもはっきり覚えています。
妻が涙をこらえながら教えてくれたこと
翌日、入院中の妻にこの話をLINE電話で報告しました。妻は涙をこらえながら、こう言ってくれました。
「のーちゃんがそう言えるってことは、ちゃんとパパに言ったら通じると思ってるから言ってくれてるんだよ」
「それをちゃんと受け取って、ハッとしてくれてありがとう」
「のーちゃんは幸せだよ」
救われました。同時に、もっと頑張らなきゃと思いました。
小児看護師である妻のこの言葉は、ただの慰めじゃなかった。子どもの心の発達を知っている人だから出てくる解釈だったのだと、後で気づきました。2歳児が親に対して感情を言葉で伝えられるのは、その関係性に信頼があるから。妻はそれを知っていて、私に伝えてくれたんだと思います。
この一言を、私は一生忘れないと思います。
この日のことは、別記事で時系列に詳しく書きました。あの夜、僕が娘にどう接してしまったのか、妻の言葉をどう受け止めたのか、正直に綴っています。

温かい記憶も確かにあった
しんどいことばかりを書いてきましたが、5日間の中には温かい時間もたくさんありました。
毎日、妻とテレビ電話をしていました。のーちゃんはママの顔を見ると、ものすごい勢いで一日の出来事を話してくれました。ごはん中にテレビ電話したときには、コップを持って画面の向こうのママと「乾杯」していたのが、何ともいえず可愛かったです。
妻から送られてくる、生まれたばかりのあーたんの動画や写真も、のーちゃんは食い入るように見ていました。特に動画がお気に入りで、何度も「みしてー」とお願いしてきました。
ある日、ポストに以前のーちゃんと行ったハンバーガー屋さんのチラシが入っていました。それを見たのーちゃんが「これ食べたい」と教えてくれたのです。妻が退院する前日に買って二人で食べたのですが、なんとそこで、のーちゃんが初めてハンバーガーを丸々1個完食しました。
普段はそんなに食べないのに、よっぽど食べたかったんだと思います。満足そうな顔を見て、買ってきてよかった、と心から思いました。
退院前夜のこと。「ねんねして、おっきしたらママに会えるからねー」と伝えてみました。すると、それまで毎晩荒れていたのーちゃんが、わりとすんなり寝てくれたのです。
ちなみに私は、普段はのーちゃんが寝た後や朝起きる前にブログを書いたり家事をしたりしています。でもこの期間は疲れすぎて、寝落ちばかりしていました。完璧なパパなんて、無理でした。
退院日、娘が見せた「お姉ちゃん」の顔
「のーちゃんもだっこする!」に救われた
退院日の朝、私はパパだけで病院に妻とあーたんを迎えに行きました。のーちゃんはじーじ・ばーばの家でお留守番してもらいました。
前日の夜、お風呂に入ろうとしたタイミングで、のーちゃんがまた「おうち帰るのー!」と泣きました。また置いていかれると思ったんだと思います。
「ねんねして、おっきしたらママに会えるよー」と伝えると、何とか落ち着いて寝てくれました。退院前夜のおまじないが効いたのかもしれません。
そして退院日。ママとあーたんを連れて家に戻ると、のーちゃんはまずママに駆け寄って、ぎゅーっと抱きつきました。久しぶりのママとの再会です。
その直後、私が抱っこしているあーたんが気になったのか、のーちゃんがこちらに来てこう言いました。
「のーちゃんもだっこする!」
ソファーに座って、のーちゃんに膝の上であーたんを抱っこしてもらいました。その時の写真も撮ったのですが、顔は加工してから掲載予定です。
立派にお姉ちゃんしてるな、と思いました。こんな積極的に下の子と仲良くしようとしてくれて、素直に嬉しかったです。
出産前にやっておいてよかったこと
振り返って、これがよかったのかなと思うことがいくつかあります。
出産前から、のーちゃんにはママのお腹に話しかけてもらっていました。「あーたん」という胎児ネームをつけて、毎日「あーたん元気ー?」と声をかけてもらっていました。
それから、妊婦健診にも何度か一緒に連れて行きました。エコー検査でモニターに映る赤ちゃんを見せて、「これがあーたんだよ」と伝えました。
これらが本当に効いたのかは、正直わかりません。でも結果的に、のーちゃんはあーたんを「自分の妹」として自然に受け入れてくれた気がします。
これから第二子出産を控えるパパ・ママは、ぜひ上の子にも、お腹の赤ちゃんとの関わりを持たせてあげてください。それが入院中・退院後の上の子のメンタルにも、何かしらいい影響を与えてくれるかもしれません。
退院後、妻に言われた「話せばわかる子だから」
退院翌日、のーちゃんを保育園に送る時のこと。「先生のところ行きたくないー」と、また激しくイヤイヤされました。
その様子を見た妻に、こう言われました。
「久しぶりに二人のやり取りを見てたけど、もう少しのーちゃんとお話ししてあげて」
「のーちゃんは話せばちゃんとわかってくれるから、『こういう理由で、これをしてほしい』ってことを、ちゃんと伝えてあげて」
たぶん、入院中の余裕のなさが抜けきれず、私の声かけが「あれして」「これして」の指示ばかりになっていたんだと思います。
その言葉を意識して、翌朝はこう声をかけてみました。「保育園の先生も、お友達も、のーちゃんに会えるのを楽しみにしてるよ」と理由を添えて。
すると、その日は問題なく登園してくれました。
いつも妻の言葉に助けられています。
おわりに
5日間を振り返って、思うことが二つあります。
一つは、自分のことです。私は普段、温厚で怒らない人間だと思っていましたし、周りからもそう見られていたと思います。それでも、こういう状況になれば、子どもにイライラしたり、怒ってしまう。
完璧な親なんていません。大事なのは、そうなってしまったときにどうリカバリーするか。周りの人や、信頼できる相手のアドバイスを聞いて、いろいろ試してみることが大事なんだと、今は思います。
もう一つは、のーちゃんのことです。子どもが大変な時には、何とか時間を作って一緒にいてあげられたらよかった、というのが今の正直な気持ちです。仕事を休むのは簡単じゃないです。それでも、後から振り返って「あのとき、もっと一緒にいてあげればよかった」と思うことは、たぶんこれからもあると思います。
その子にとっての最適解が何なのかは、その子と、その家族にしかわかりません。だからこそ、たくさん話して、見つけてほしい。
うちはまだまだ手探りです。でも、のーちゃんが「パパ怒らないで!」と言ってくれたあの日のことを忘れないように、これからも家族で話し続けていこうと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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